今週は試写会ウイークでした。 なんと4本の映画の試写状をゲット。 こんなの初めて・・・。
しかも、ミニシアター系を中心に取れたのは嬉しい限りです・・・。
1999年 : アメリカ映画
監督 : デイビッド・フィンチャー
主演 : ブラッド・ピット、エドワード・ノートン、ヘレナ・ボナム・カーター
ジャックは万年不眠症で悩んでいた。 そして彼が活路を見出したのは重病人の
カウンセラー。 彼らの集いで胸のうちを吐出し彼は赤子のような深い眠りを
得られた。しかし、最近彼の眼中に飛び込んでくる女がいる。 マーラだ。
行く先々での彼女の出没はジャックの神経を逆撫でした。ある日、彼は飛行機の
中でタイラー・ダーデンと言う男と出会う。 石鹸のセールスマンだという。
そんなときにジャックのマンションが火災に遭う。行き場をなくしたジャックは
なぜかタイラーに連絡を取り、そして二人は息投合した。バーの帰り道、
タイラーはジャックに自分を殴ってくれと言う。それをきっかけに始まった
二人の殴り合い。しかし、ジャックは今までにない快感を感じていた。そして
二人が組織した男同士の殴り合いの集い。 それが「ファイトクラブ」だ!
そしてマーラまでも巻きこんで、物語は意外な方向へと突き進んで行く。
私評:とんでもない映画に出会ってしまった。 アメリカでのレイティングはR。
つまり17歳以下は見れない。それもそのはず暴力シーンは満載。ちょっと宗教
じみたところもある。暴力によって自己を開放し、新たな自分を発見するのが
「ファイトクラブ」。「できなかったことができるようになる!」
「勇気が涌いてくる!」 そんな自己暗示にかけられた男たちが次第に「組織」となり活動を
始めるあたりはなんとも不気味です。 この映画はいわゆる「モラル」を無視している。
本能を揺り動かされるか? それともただ、嫌悪感だけを抱くか?
1999 年 : フランス・イラン合作映画
監督 : アッバス・キアロスタミ
主演 : ベーザード・ドーラニー
イランの首都テヘランから700kmも離れた、クルドの村を訪れた
都会からの男たち。 どうやらTVのクルーらしい。 彼らの目的は
この地に伝わる変わった葬儀を取材する事だった。 彼らが目を付けた
老婆は余命幾ばくもないと言う。 彼女の死をひたすら待つスタッフたち。
その間主人公の男は村を巡り、人々と話しをしてまわる。しかし、老婆は
一向に死にそうもない・・・。
私評:物語はいたって単純。 しかし、この映画の面白さは村人との会話の中にある。
途中で読まれる詩はこの物語を膨らませると同時に、物事の見方を変える事を諭す。
私たちが日頃から「赤」だと思っているものは「赤」だと思わされているだけ。
なんの強制もないような人々には「青」でも「緑」でもありうるんです。
とっても当たり前の事なんだけど、既成概念をとりのけられたような気分でした。
この映画にあまり起伏はないです。 ドキュメンタリーのような淡々とした映画。
それだけに万人に好かれる映画とは思えません。実際、私も途中はちょっと眠かった。
また、この映画の映像の美しい事・・・。 ため息が出ました。 はあ〜。
1997年 : オーストラリア映画
監督 : ナディア・タス
主演 : アラーナ・ディ・ローマ、レイチェル・グリフィス、ベン・メンデルソン
オーストラリアの乾いた大地がどこまでも続く、片田舎でエイミーは母親と祖父とで
ひっそりと暮していた。 エイミーは大好きだった父親が事故で死んでからというもの
耳が聞こえなくなってしまい、声も出なくなっていた。 そんな彼女を引き取ろうと
福祉の人間が何度も訪れるが、母親は彼女を手放そうとはしなかった。 そして二人は
隠れるように田舎を去り、メルボルンに移り住んだ。ちょっと変わった住人たちが集う
通りに二人は家を借りた。 ある日、近所のミュージシャンがギターを弾いて歌っている
横で、エイミーは一緒に歌い始めた。彼女は歌うことで、コミュニケーションができたのだ。
最初は信じなかった母親も、翌日に死んだ父親の歌声が流れるラジオと一緒に歌っている
エイミーを見つけた。 そう、エイミーの父親はロック界のスーパースター。 しかも、
ステージの上で、エイミーの目の前で死んだのだ。
私評:とってもファンタスティックなストーリーに心が温まります。 主演のアラーナちゃんの
歌もこの映画の見所。 ちょっと生意気な歌い方も堂に入ってて私は好きですね。 また、脇役
が曲者揃いで面白いです。 特にストリートの住人たち。毎日同じ車を修理している二人組の男。
水撒きばかりしている偏屈なおばさん。 夫婦喧嘩が絶えない、エイミーの友達の少年の家。
警察隊の人々も笑わせてくれました。 また、この映画は構成がうまいと思った。 父親の事故の
シーンと現在とが交錯しながら展開していきます。 また、エイミーと同様に心に傷を負っている
母親のストーリーも見応えがあります。 ちょっと変だけど、歌で話をするのも面白いですね。
ミュージカル調にね!
1998年 : イタリア映画
監督 : ベルナルド・ベルトルッチ
主演 : サンディー・ニュートン、デヴィッド・シューリス
謎の老人が歌う、アフリカが最初の舞台。 シャンドライは夫の元へと
自転車を走らせていた。 政治活動に逆らった罪で学校の教師の夫は連行
されてしまう。涙ながらに見送る事しかできなかった彼女。 そしていま、
シャンドライはローマにいた。医者になるための勉強をしながら、下宿先の
家事をして生計を立てていた。下宿先の主人は音楽家で、彼女には訳の分からない
曲を毎日弾いていた。ある日、彼から彼女の元に赤い蘭の花が届けられた。
これは彼からの熱愛の証だった。「愛している。 君のためならどんな事でもする。
私を愛してくれ!」しかし、彼女の願いは投獄された夫を奪い返すことだった。
彼はシャンドライが結婚している事を知らなかったのだ。 次の日から彼は家財
道具を少しずつ売ってなんとか彼女の願いを叶えようとする。 たとえ、自分への
愛は掴み取れなくとも・・。
私評:まず、この映画のメインをなすのは音楽。 冒頭でアフリカの大地で
老人が竪琴を奏でながら歌う。 歌詞はまったく分からない。 しかし、彼の
表情とメロディーから物悲しさが伝わってくる。 それと音楽家キンスキーが
奏でるピアノ。シャンドライが部屋で聞くラテン音楽。この映画のTPOに
合わせて適切な音楽を用いている。また、それらの音楽は映画の情景を言葉は
なくても伝えている。 ピアノの3連譜がある単語を繰り返しているようにも聞こえた。
イタリア映画なのに「好きだ・好きだ・好きだ・・・」と聞こえたのは私だけ? 言葉を超えた「何か」を感じました。
でも、これを感じるにはネガティブな気持ちは厳禁。 音楽の気持ちを理解しようとしてこの映画に挑めばきっと、
感じるものがあるはず。この映画はそう言った実験的要素もたぶんにあると思う。 それに乗れなければ、
きっとただの駄作になってしまうでしょう。 もちろん映像はすごく美しい。 ラストの彼女の選択も
異論があるでしょう。でも、私は100%満足のラブストーリーでした。